セクシャリティという言葉、聞いたことありませんか?
セクシャリティは生きる力そのもの。心のエネルギー源です。
このセクシャリティが滞りなく、スムーズに深層心理から私たちが意思決定する顕在意識(思考する意識層)に流れていると、私達は自分のやりたいこと、手に入れたい現実が手に入るようになります。
いつもありがとうございます、カウンセリングサービスの沼田みえ子です。
恋愛が上手くいかない理由とは?
例えば子供の頃、いつもいつもお母さんから
「あなたはダメな子だ」
「なんでそんなこともできないの?」
等と言われていると、自分に自信がなくなってしまいますよね?
好きな人ができても「どうせ私なんか、好きになってもらえない」という気持ちになってしまい、好きな人を避ける行動に出てしまうことに繋がっていきます。
結果、恋愛が全然上手くいかなくなる現実が手に入ってきます。
心の中の潜在意識や無意識層に傷があるので、セクシャリティがうまく流れず、滞ってしまうのです。

こんな例もあります。
あなたが初めてお付き合いした彼に、二股掛けられていたとしましょう。
「あぁ、男の人って浮気するものなんだ」
「私は結局選んでもらえないんだ」
「私はそこまで魅力的じゃないんだ」
そんな思いを抱えてしまったあなた。
そして最近、気になる人ができた。
でも、、また二股掛けられるかもしれない。
もうあんな思いをしたくない。
そんな傷があると、どうしてもお付き合いすると「怖さ」「疑い」などを常に持ち続けてしまい、心を閉じてしまいます。
この時もセクシャリティは傷によってうまく流れず、あなたの本来の魅力は表現されず、思いとは裏腹な行動に出てしまいます。
怒りで表現したり。
拗ねて心を閉ざしてしまったり。
結果、上手くいかない恋愛に繋がってしまいます。
あなたの潜在意識にはどんな思い込みがあるのだろう?

私達の意思決定は必ず「感情」が影響し、感情を生み出す原動力はセクシャリティです。
セクシャリティがうまく流れている時は、多くの場合、「嬉しい、楽しい、幸せ」という感情を作っていくので、「私はできる、やってみよう!」という意思決定に繋がっていきます。
だからやりたいことをやる事が出来、欲しい現実が手に入る。
私がイメージするイキイキしている人は、セクシュアリティがうまく流れている人。
自分のやりたいことをやり、欲しい現実を手に入れているような人。
このような人には罪悪感がゼロとは言いませんが、かなり少ないことが多いです。
心のエネルギーには陰と陽が存在する
私たちの心には
「愛と罪悪感」
がコインの表と裏、のように存在します。
そして私たちの行動動機には
「愛からなのか、怖れからなのか」
と言う、これまたコインの裏表の動機が存在しています。
例えば、彼にやってあげたいからマッサージをするのか。
彼に嫌われたくないから(好かれたいから)マッサージをするのか。
それが「愛からなのか、怖れからなのか」と言う話なのです。
よく心理学界隈ではブーメランの法則というのがあるのですが、要は出した感情エネルギーがそのまま返ってきますよ、という心理のことです。
怖れからの行動をとれば、怖れている現実が帰ってきますよ、という事実を語っているのですが、まさにそうだよなーっと思うことが多いですね。
先ほどセクシャリティは、心の傷、つまり罪悪感や怖れを意味しますが、これが心の中に存在するとセクシャリティがうまく流れなくなって、あなたの本来の力が発揮できないのだとお伝えしました。
この
罪悪感
何かへの怖れ
があなたにとって何かを知ることはとても大切です。
そこがわかれば対処できますから。
ほぼ100%、この罪悪感も怖れも
全て子供の頃の誤解
ですから。本当に勿体無いことですよね。
だって誤解で自分の人生、おかしくなってるって、
えーっ!
ってなるじゃないですか。誤解で自分の人生が不幸ってありえん!って私は思ったのです。
そんな経緯があって、心理学をよく理解したくて今があります。
今では息子2人のうち、第一志望の外資金融に就職した長男は幸せな結婚をしたり。
次男はずっと目指してきたシンガポールにある企業に就職できて、これからの人生をもっと楽しめるー!っと宣言してる様子を見て嬉しくなりました。
初任給月収100万超えることが次男の目標でしたから、本当に叶えるのはすごいとびっくりです。
この子達には、この罪悪感と怖れと愛の話を分析した結果を伝えたのではなく。
ただただ、
あなたはママの宝物
あなたはすごいね
これを伝えてきただけです。
陰と陽だとしたら、ずっと愛(陽)を伝えてきました。
私はそれをただただ息子たちと同じように、クライアント様にも伝え続けているだけのことです。
きっとあなたが手にれたい現実を叶えるとしたら、、注目すべきはあなたの中の「愛」つまり陽、なのですよ!
思い込みって本当に大切なんだと、身近な息子たちに教わりました。
