息子の病気から学ぶこと その2~感謝の力の大きさ~

次男が心臓の異常を訴え、しかしながら何をどうしたらいいのか、何処へ行ったら良いのか、
わからずじまいで子供のように右往左往していた私は、
「私のせいだ!私が健康に産んであげられなかったからだ!」
と自分を責めることしかできなかったお話を前回はお伝えしました。

前回のブログ「息子の病気から学ぶこと その1~自己攻撃からは何も生まれない~」はこちら>>>

今回は気持ちがどんどん落ちて行った状態からどう抜けて行ったか・・・のお話しです。

救急外来で診察をしてもらった時、病気の原因を見つけることができなかったのですが、
あるクリニックを1件紹介してもらい、そこにとりあえず予約を入れることにしました。
予約は4日後。
その間。もしも突然心臓が止まってしまったら・・。
もしもの事があったら・・。
次男は前に「僕はテニスの選手になりたい」と書いていたほど、テニスがとても大好きな
男の子でした。
しかし、その大好きなテニスも今はできない状態・・・。
そのテニスを取りあげてしまったのは、私のせいだ・・・。
そんな自分を責めたり、心臓に何かあったら・・との恐怖で長い4日間に感じました。

そして、予約の日。
病院のドアをあけると、待合室壁1面に「ニモ」のキャラクターが沢山貼ってあり、
明らかに子供向けの病院・・と言った感じ。
ドアには「Pediatrix Cardiology(小児専門循環器科)」と書いてありました。
紹介されたクリニックは子供専門の心臓の病院。
アメリカには子供専門の循環器の開業医の先生が普通に存在する事を知りました。
診察してくださる先生に今までの次男の経緯を話しました。
そこで、細かく心臓のエコーをとり、そして24時間装着する心電図をつけ、心臓の
波形を24時間記録してもらいました。(これは体に装着したまま家に帰って測りました)
エコーやら問診など2時間を超える診察時間。
本当に細かく次男の心臓を見てくださいました。

結局、心電図の解析がすまないとはっきりとした病名はわからないけれど、
心臓の動きそのものには問題がないのですが、心臓の弁と弁の間に針の穴ほどの小さな
隙間があいていることがわかりました。
生活には全く問題はないけれど、スキューバダイビングは出来たらしない方が良い、
とアドバイスを頂きました。

その日の夜。
夫と「次男の病気はショックだったけれど、彼の心臓の小さな穴のことについて
知ることができて良かったね。本来ならばここまで細かな検査を受けることって
普通あまりないことだから、検査を受けるチャンスを得る事が出来て良かったよ。
心臓医療の進んでいるアメリカでありがたかったね。」
と初めて「感謝」の気持ちを不思議と感じました。
病気になって、嬉しいことなんか何一つないのに。
むしろ、病気にならないことの方に願いをかけたいくらいなのに。(親なら当たり前ですが)

しかし、やはり心臓医学用語は普段使うことがなく、英語での理解は全て完璧では
ありません。それが歯がゆく、どうしたものか・・・と思っていた矢先。

私のこちらでの知り合いに何気なく次男の話をしたら、そのご主人がドクターで
あることがわかり、その方の紹介で、なんと!この日本人がとても少ない地域なのにもかかわらず、
小児専門循環器の日本人ドクターを紹介して頂くことになりました。
日本人で、当たり前ですが日本語が話せて、そして子供の心臓の専門医の方に
出会えるなんて!!そんな方がこの日本人があまり多くなはい所にいらっしゃったのです!

時同じくして、次男の病名がわかりました。
「発作性上室性頻拍」
この病気は心臓の鼓動が速くはなるけれど、命にかかわるものではないことが
わかりました。(もちろん発作には時々いまだ見舞われています)

そして、その日本人のドクターの紹介で、子供の不整脈の心臓カテーテル手術の専門医の方を
紹介してもらうことになりました。そのドクターはカテーテル手術の経験値が全米の中でも
トップクラスに位置する、信頼のおけるドクター・・・だとか。

どこに相談したらいいのか、どうすればいいのか、途方に暮れていたあの日。
自己攻撃してお酒を飲んで寝ることしかできなかったあの日。

「心臓医療の進んでいるアメリカでありがたいね。」
そんな感謝の気持ちを夫と話したあの日から、状況は一変しました。

一歩一歩進んでいる感覚。
光が見えてきたような感覚。
偶然が重なったような奇跡的な出会い。

その奇跡的な出会いももちろんなのですが、
さらに大きな恩恵を私は知ることになります。

そのお話は次のブログに書かせていただきますね。

今日もブログを読んで頂き、ありがとうございます。
皆さまにとって素敵な週末でありますように

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この記事を書いた人

沼田みえ子のアバター 沼田みえ子 心理カウンセラー

1968年4月横浜生まれ。夫婦関係、恋愛問題が得意。

JAL国際線CAとして世界中の空を飛んだあと横浜ー大阪と2年半遠距離恋愛だった彼と1994年に結婚。離婚の危機にあった夫と夫婦再構築の時に心理学を知る。2012年よりカウンセリング活動を開始。カウンセリングだけではなく、講演、心理学ワークショップの講師など精力的に活動しています。

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