【Q&A】沼田さんのダメ妻→あげまん妻に至る軌跡を教えてください!

先日、「お金とパートナーシップ」の恋愛心理学講座をお届けさせて頂きました。

そこで頂いたご相談、ご質問にお答えしていこうと思います。
いつもありがとうございます、カウンセリングサービスの沼田みえ子です。

目次

ダメ妻、ダメママ時代

今日の講座、みえ子さんらしくってめっちゃよかったです。
下記、これを知りたい人、多いんじゃないかなと思う視点を書いてみました。

あげまん妻、あげまんママは素晴らしいと思うのですが、みえ子さんが、ダメ妻、ダメママだったのがあげまん妻、あげまんママになれた軌跡を教えて欲しいです。

特に、もし一つ言うとしたら、自分のこんなマインドを癒したら(こんな自分に気付けたから)ダメ妻からあげまん妻に向かい始めることができた、みたいなの、ありますか?

今日のご相談者さんはマルゲリータさんです。今日のランチがマルゲリータピザでした♡
マルゲリータさんの質問、なかなか鋭いですね。

答えから言うと、「自分へのダメ出し」をしなくなったこと、でしょうか。
私、コンプレックスだらけだったので、自分に自信が持てなかったのです。

子供時代は、貧乏なお家だったので、服装も300円Tシャツをヘビロテで着回していましたし。
中学3年まで、ずっと母に髪の毛を切ってもらっていました。(母は美容師でもなんでもありません)

学歴コンプレックスもありましたし。

社会人になって、CAという仕事にはついていましたが、自分の自信は全然ないままでした。
むしろCAって有名大学出の人も多いし、帰国子女も多いし、綺麗な人も多かったですから。

で、結婚したらしたで、今度は駐在妻の世界で生きてきたわけで、ここでも「できる奥様」と比較して、自分へのダメ出しが多かったのですよ。

あの奥様は語学が堪能だなー、とか。
料理の腕がすごいなー、とか。

おもてなし力がすごいなー、とか。
見た目が素敵だなー、とか。

お家の家具のセンスいいなー、とか、
持っているバックや腕時計、センスいいなー、とか。

それに比べて、私って、、、。

周りと比べて、自分へのダメ出しをしていた分、結婚して子供ができた頃から、私は夫に対してもダメ出しをしていました。
人間って、自分にダメ出しをしている度合いだけ、周りにダメ出ししちゃうのです。

なぜ育児を手伝わないのか?
なぜ週末はいつもゴルフなのか?
なぜ小さい子がいるのに、長期出張を入れるのか。

いつも私は夫に不満をぶつけていました。

自分へのダメ出し力 = 周り(特に近しい人)へのダメ出し力
本当にこれはイコールなんですね。

長男が小学校1年に上がる頃まで、結構私は厳しいお母さんで、

「なんでお友達と仲良くできないの!?」と責め立てることが多かった記憶があります。

当時はドイツに駐在中で、長男は、ドイツ人とも語学がなかなか上達しなくて現地幼稚園でうまく関われなく、在独の数少ない日本人とも喧嘩が絶えず、仲間はずれにされることが少なくありませんでした。

それをみているのが歯痒く、悲しく、ついつい長男を責めちゃっていました。
今から思うと、本当にかわいそうなことをしました。

社会的な支えと愛情の支え

出会ってから結婚して子供ができるまでは、私は夫のことをコテンパンにダメ出しをすることは全くなかったんですよ。
そのころは5年間のロマンスの時期だったのでしょう。

男性にとって一番感じたい気持ち3つのうちの一つ、「あなたの存在の素晴らしさ」はいつもいつも伝えていましたし、感謝の気持ちも沢山伝えていました。

でも、子供ができてから、状況は悪くなっていきました。
「私ばっかり大変!」と大変さの競争を夫としていたことが大きな原因でした。

小さな子供がいると、買い物に出かけるだけでも、子供がぐずった時用にお菓子やおもちゃをカバンに入れ、子供用の飲み物を入れ、おむつを入れ、お尻拭きを入れ、子供を着替えさせ、ベビーカーに乗せながら私は子供グッズが沢山入った鞄を抱え、出かけます。

お母さんって、自分の支度だけじゃなく、子供の支度がとにかく大変、

でも夫は、会社に行くのも身軽。
朝、会社に行く夫を見送るだけでも、「あんたは楽でいいねぇ。私なんかすっごく大変なんだから!」なんて思っていたくらい。

私ばっかり、大変じゃん!!
といつもイライラしていたので、愛情を持って夫と向き合うことはなかなかできませんでした。

でも、あげまんとして必要な社会的な支え、例えば必要な語学を身につけ、おいしい手料理を振る舞う、ことであげまん妻として相手に与えるべきこと6つのうちの「安心感」を与えたり、ホームパーティを開くことで、「他者とのつながりを提供する」ことはどうにかこうにか、していたんですね。

それが夫が社会的に成功するには、大切なことだと知っていましたから。

しかしながら、愛情部分である一番肝心の「相手の存在意義を与える」は正直、この時点ではできていなかったと思います。

自分へのダメ出しが癒せた第一歩

特に、もし一つ言うとしたら、自分のこんなマインドを癒したら(こんな自分に気付けたから)ダメ妻からあげまん妻に向かい始めることができた、みたいなの、ありますか?

さぁ、本丸のご質問ですね。

これは駐在していて、3つ目の駐在国であるロシア時代の駐在ママたちから、引っ越しが決まった私に、私のそれまでの10年にわたる駐在生活において初めてのメッセージアルバムを頂いたのがきっかけでした。

沢山いただいたメッセージの中でも、このメッセージがとても心に残りました。(けんけんは次男のニックネームです)

自分の生きてきた軌跡を、初めて肯定された気がしました。

ずっと自分は周りと比べて、ダメな人間だと思ってきましたが、こんな風に見てくれた人がいるんだ、、、。
このメッセージを頂いた時、涙がポロポロ流れました。

この日を境に、まずは子供たちへの接し方がガラッと変わりました。
怒ることがなくなりました。ダメ出しも全くなくなりました。当時長男は小3、次男は4歳になる手前でした。

ダメママから、あげまんママに脱皮できたのがこの時。

3つ子の魂100まで、という言葉がありますが、大丈夫!!長男は10歳にすでに当時なっていました。

でもお陰様で長男も次男も、自分に自信を持って、人生を切り拓き夢を叶える大人になれました。気づいた時からその時から、子供たちへの接し方を大切に丁寧にしていくことが何より大事だと思います。

本当のあげまん妻になれたのはその4年後、夫に私以外に会っている女性が発覚し、私は自分の本当の気持ちに気がつくことができました。

「私がこんなにショックを受けているのは、私が夫のこと、まだまだ大好きだからだ」

そこから私は貪るように、カウンセリングサービスの男性心理のサイトや夫婦関係再構築のサイトを見つけ出し読み漁り、やがてカウンセラー養成コースに入って、心理学を学んでいくことになりました。

そして今の夫婦関係があります。

今回は私の軌跡をそのままお伝えしました。
マルゲリータさん、本当に鋭いご質問を投げかけていただき、ありがとうございました。

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この記事を書いた人

沼田みえ子のアバター 沼田みえ子 心理カウンセラー

1968年4月横浜生まれ。夫婦関係、恋愛問題が得意。

JAL国際線CAとして世界中の空を飛んだあと横浜ー大阪と2年半遠距離恋愛だった彼と1994年に結婚。離婚の危機にあった夫と夫婦再構築の時に心理学を知る。2012年よりカウンセリング活動を開始。カウンセリングだけではなく、講演、心理学ワークショップの講師など精力的に活動しています。

年間有料電話カウンセリング指名本数で、2位を1回3位を4回弊社で表彰された実績を持つ。

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